とりあえずは緊急事態宣言が解除され、不安の中でも正常の生活を取り戻す第一歩がスタートしたと云えますが、さて、2か月近くに渡って続いたこの非日常の巣ごもり体験は、私たちの今後の生活にどんな変化をもたらすのでしょうか。

突然降ってわいた非日常生活の最たるものは、所謂「テレワーク」的働き方、かも知れません。有無を言わさず自宅が仕事場となってしまった(仕事場とせざるを得なくなった)ことで、いままで踏み込めなかった社会的実験が怪我の功名で一気に進み、今後はこの「テレワーク」という働き方が社会の新しい常態として定着する、と予想する向きは多いようです。実際のところ、「結構できてしまった」「案ずるより産むがやすし」は労使双方の感想、「家族との結びつきが強まった」「通勤地獄を避けられる」などは働く側の実感、「高いオフィス賃料を払わなくても済む」「交通費や福利費などが節約できる」は企業側の思惑、というように、全体としては、この有り様をプラスとしてとらえる向きが多いようです。

しかし住宅コンサルタントの立場からみると、ここに一つ大きな懸念材料が見えてきます。

それは、このままの状態があと数か月も続いた時、はたして「テレワーク」という働き方が本当に働く側にとって耐えられるものなのだろうか、という疑問です。その懸念の理由のひとつに、日本の住宅の間取りの問題があります。大事なWEB会議の最中に子供が画面の中に入って来てしまった、家の中の生活の様子や音が筒抜けになって会議に集中できなかった、等という経験は、多くの皆さんがこの数か月のテレワークのなかで体験したことなのではないでしょうか。その原因は一にも二にも、今の住宅に「公」的な場を確保する場所が無い、ということにつきます。もともと日本の住宅は、戦後急速に進んだ核家族化の流れとともに、社会が個人主義的傾向を強める中で、家族一人一人のプライバシーを確保したいという欲求から、特に「子供部屋」を中心に個室を間取りに反映させる傾向が長く続いてきました。これはある意味、戦前の大家族主義に基づく襖や障子で仕切られただけの隣部屋の様子が筒抜けの間取りへの反動であったとも云えます。ところが近年は、逆にこのような戦後の個室重視の傾向からの揺り返しとして、あえて「子供部屋」に代表されるような個室を作らず、広い一つの空間の下で家族それぞれが思い思いに生活の様々な場面を楽しむような、多目的な間取りが(それは、家族で食事や団欒を楽しむ場所であったり、個々人が趣味や遊びを楽しむ場所であったり、親の目の届く範囲で子供が勉強をしたりする場所であったり、します)トレンドとなっています。近年のこのような間取りの傾向は、限られたスペースの中で少しでも開放的な空間を確保したいという物理的な欲求の実現であり、また子供を常に親の目の届く範囲に置いておきたいという教育的な目的の反映だとも云えます。しかしこのような間取りは、家族の和を重視した結果として家族全体のプライバシーは守れても、家族の構成員が個々のプライバシーを守ることを難しくしています。言い方を変えれば、大方の人にとって、「家(私)」は「仕事や学校(公)」から開放される寛ぎの場であり、家の中が「私」と「公」を区別するような作りになっていない今の日本の住宅に暮らすなかで、一定の時間、家の中に「公」の空間を確保することは、思った以上に難しい問題であり、意識する・しないに関わらず、実はストレスのたまることなのではないか、と筆者には思われるのです。勿論「慣れてしまえば」何とかなるものなのかもしれませんが、今後「テレワーク」的働き方がある程度常態化することを想定したとき、気持ちの持ち様の問題として以上に、物理的な住宅空間の作りの問題として、なんらかの対策が必要ではないかと思います。筆者は特に新築の注文住宅をご検討の皆さんには、例えばキッチンの横や廊下の突き当りに、一人で読書ができる程度のスペースの小部屋を作ることをご提案しています。実はこの提案は、元々は奥様が家事の合間に気分転換に本を読んだり趣味の手仕事を楽しんだりする使い方を想定していたのですが、今回の事があって、このような空間はもっといろいろな使い方ができると思えてきました。これから新築住宅をお考えの方は是非ご検討になってみては如何でしょうか。
勿論皆さんが、すべて戸建て住宅にお住まいとは限りません。マンションも含めて今のお住まいにあるクローゼットや納戸の荷物を整理して、空いた空間をリフォームしてみる手もありかもしれません。その意味では、筆者は、今後のテレワーク的働き方としては、自宅でのパーソナルな小スペースの確保と併せて、自宅に近いサテライトオフィスやシェアオフィスの積極活用こそが現実的ではないかと思っています。セキュリティの問題はありますが、シェアオフィスは、そこを利用する様々な属性の人達を通じて、自分の所属する組織の外に目を向けるきっかけにもなりますし、新しい多様な人脈作りにもきっと役立つはずです。


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