「賃料を払い続ける位なら、同じ月々の支払いでマイホームが持てて資産にも
なるからマイホームを購入する方が得」という理由で、持家の購入を検討する
方は多いのですが、本当のところ、賃貸と持家とはどちらが得なのでしょうか。
結論を申し上げれば、答えは「ケースバイケースでどちらとも言えない」が正解
です。
先に、少し理論的なお話をさせていただきます。
不動産金融の世界では、「賃貸」と「持家」の損得の比較のために、便宜上持家
にも「持家の帰属家賃」という架空の家賃の発生を想定します。
実際には家賃の支払がない持家も、他人に貸せば家賃を得られるはずなのに自分
が住んでいるために家賃を受け取れていないのだから、これを自分に対して家賃
を支払い、同時に大家として家賃を受け取っているのだと考えるのです。
このように考えると「持家の帰属家賃=正味コスト」と賃貸住宅の賃料は同価と
なり、当初資産から20年・30年という長期スパンで計算される費用を引いて
何十年後かに残った残価の額は、賃貸も持家もどちらも同じ。
結局のところ【損得に差はない】という結論になります。
ただし、そこでは、住宅の価値が日本においては年を経るごとに大きく減損する
という事実を理解しておくことが必要です。
統計によれば、日本全体で住宅に投入された総資金量から残存価値を引いた額、
すなわち失われた住宅への投入資金は、累計 500兆円にも達しています。
一方、米国では、中古住宅の価値は年を経ても下がらず、むしろ年率2~3%
ずつ上昇しています。
そのため、米国ではその時々の家庭状況に応じた最適な住宅を求めて、住み替え
が頻繁に行われます。
結果として居住用住宅取引の 80%以上が中古住宅となっています。
その意味で、米国では賃貸か持家かの議論は起こりにくいといえます。
では「帰属家賃」を用いて賃貸と持家の損得を計算してみましょう。
例として、住宅購入費 6,000万円、賃料 月 15万円の場合の20年後の損得を
計算します。
ここでは、20年後には住宅の価値が仮に 2,000万円分減損していると仮定
します。
20年間の賃貸の損得=資金 6,000万円
(持家を持たなかったことで手元に残った資金)
-20年間の賃料
(15万円×12月×20年= 3,600万円)
= 2,400万円(20年後の残価)
持家の損得=20年後に手元に残る住宅資産
(6,000万円-住宅劣化による20年間の減損分/2,000万円)
-住宅劣化による減損分を加味した帰属家賃
(3,600万円-2,000万円)
= 2,400万円(残価)
※帰属家賃には固定資産税・メンテナンス費を含む
しかし、現実にはその他の要素が加味されます。
結果として、どちらが得とは言い切れません。
実際の賃貸の損得
=当初資金 6,000万円+資金の運用益-20年間の実際の賃料 3,600万円
実際の持家の損得
=住宅資産 6,000万円+所有の満足感安心感-ローン金利負担分
-住宅資産の減損分( 2,000万円)
-減損分を加味した帰属家賃
( 3,600万円-2,000万円)
上記の式から、実際の賃貸の場合の損得に影響する変数は、マイホームを購入
しないで手元に残した資金を運用したと仮定した場合の運用益であり、持家の
場合の損得の変数は【所有の満足感・安心感-住宅ローン金利負担分】と理解
できます。
ここで、仮に定量的に測れない【所有の満足感・安心感】をゼロと見なせば、
【持家と賃貸のどちらが得になるのか?】という判断は、マイホームを購入
せずに残した資金の運用益と、購入した場合の住宅ローンの金利負担分との差
に還元できるといえるかもしれません。
しかし、現実には【所有の満足感・安心感】の要素は損得の判断にあたって
重要な要素であり、今回のコロナ禍によってテレワークで自宅にいる時間が
増えた結果、賃貸ではどうも満足感・安心感が得られないと感じる人が増え
たことからもわかる通り、この部分の変数の幅(住宅を所有することに対して
個人が、どの程度満足感・安心感を得るかの幅)は、コロナ禍のおかげでより
広がったように思われます。
都心にある本社に出社する必要なく自宅で仕事が可能なら、住まいは山の中
でも良いか? 駅近10分以内神話はもう不要か? 家族と終日一緒にいられる
ことは最善か? 自宅に籠りきりのデスクワークは精神的に耐えられるか?
また、持家(生活の場の固定化)によって、移動(賃貸のメリット、転職転勤
その他)が制約されることはないか? 等々。
これまでの常識が崩れたことによって、改めて所有すること(持家)の主観的
価値をどの程度に見るのか?
個々人にとって、何がメリットで何がデメリットなのか、それぞれの生活の
根本に立ち返って、深く考える必要が出てきたということです。
賃貸と持家の損得は、ケースバイケースでどちらともいえない。
とする理由も、まさにそこにあるといえます。
いずれにせよ、損得の個別の議論は別に譲るとして、この場で申し上げたい
ことは、「賃貸か持家か」の選択において、月々の賃料と住宅ローンの月々
の返済額とを単純に比較することだけで、判断を下すことは早計ということ
です。
特に業者が勧誘に使う常套句「月々の家賃支払いと同じ負担で持家が持て
ますよ」という甘言には注意が必要です。