筆者は吉祥寺の事務所まで、いつも自宅から自転車で通っていますが、なるべく毎回違う道を通るようにしています。その理由は、武蔵野周辺の住宅事情をリアルタイムで観察するためなのですが、そんな毎日の中で、昨年10月の消費税増税後、特にここ数か月の間に筆者が感じた武蔵野周辺の住宅の目立った変化について、少しお話しさせていただきます。
それは一言でいえば「建築中の現場が減っている」ということです。
知り合いの地場の工務店などに聞いても、昨年9月までは増税回避の駆け込み需要が結構あり、同時進行の施工現場を数件抱えて忙しかったのが、10月以降ピタリと止まり、現在まで全く動きが無いのこと。実際に街中を見ても、戸建ての建築現場をほとんど見かけません。その一方、全体的な着工現場の減少のなかで相対的に目立つのが、1)既存の住宅街の中でもともと一軒家だった跡地で進む複数棟の建売住宅の建築と、2)少し広めの土地でのアパート・マンションの建築です。
見た目の印象だけで判断するのは危険なので、国土交通省の戸建て住宅の着工件数統計を確認して見ましょう。下の数値は首都圏の数値です。
年月 2019年8月 9月 10月 11月 12月 ~1月
<分譲住宅>
着工件数前年比 12.9% 21.5% -3.8% -25.1% -13.4%
<注文住宅>
着工件数前年比 7.5% -10.7% -4.8% -5.2% -3.3%
ここに、不動産業者が利用する東日本流通機構の直近のマーケットウオッチの数値を重ねてみます。
<分譲住宅>
成約件数前年比 27.5% 19.1% -8.7% 5.0% *数値はないがマイナス
在庫戸数前年比 9.9% 4.7% 13.5% 14.3% *2桁増
これらの数字を見ても、戸建て住宅全体の着工件数が減っているという筆者の感想は裏付けられそうです。また首都圏の建売住宅の在庫戸数(売れずに残った個数)が増加している点も気になります。
1)と2)についてもう少しお話してみましょう。
1)既存の住宅街で目に付く新築建売住宅の建設現場
ここ数年首都圏では、マンション価格が新築・中古を問わず高止まりしており、新築戸建て建売住宅の価格が、住宅一次取得者(30才代の初めてマイホームを持つ層)にとって、相対的に割安になっています。(この時流にのって売り上げを伸ばしてきたのが、飯田グループに代表される所謂パワービルダーです。ちなみに飯田グループは2019年度の新築住宅販売戸数4万戸超で大手ハウスメーカーを尻目に日本一です)。このような建売住宅の盛況を現出させた背景としては、住宅一次取得者層の近年の所得の伸び悩みの影響(低価格志向)もあると思われます。特に武蔵野周辺をはじめとする東京西部エリアでは、一昔前に建てられた戸建て住宅の持ち主の高齢化により、50~60坪前後の比較的大きな宅地が売りに出されるケースが増えてきましたが、正直この地域に初めて一戸建を求める層にとって、土地を買って家を建てるには50~60坪の土地は最早価格的に手の届かないレベルのため、畢竟底値を狙って建売業者がこれを購入し、敷地を2つに割って一次取得者がなんとか手の届く、土地付き1棟5~6000万円前後の2棟の建売住宅を建築することになります。建売業者は建てて売ってなんぼの世界ですので、全体的な市況が悪化しても着工が続いているのは、建てられるうちに建てて売り抜けようとしているからなのかも知れません。また、物件の売り出し価格が下がらなくても、延床面積が微妙に減少しています。
2)少し広めの土地でのアパート・マンションの建築
一時期に比べ勢いは弱まっていますが、比較的広い宅地が多い武蔵野エリアは、おそらく相続対策を前面に出した業者の営業攻勢が強いのでしょう。いまだにアパート・マンションの新規建築現場をチラホラ見かけます。しかも最近の特徴は、それらの工事の殆どが大手ハウスメーカーの施工であることです。しかしこれだけ地域がアパート・マンションだらけになると、一時の相続対策だけでなく、きちんとした長期的な賃貸経営計画が検討されたうえで着工されているのだろうかと聊か不安になります。アパート経営では通常10年で投下資本が回収できるような賃貸経営計画が策定されるべきですが、将来に渡る人口減・世帯減・家余りによる賃貸市場のダブつきは、今後、より厳しい賃貸経営環境の到来を予想させます。
以上を踏まえて、筆者の街中ウオッチによる私的な感想のまとめです。
- 住宅業界は、オリンピック後を待たずに、すでに景気の後退期に入っている。
- 新築建売住宅においても売り残りが今後増える可能性。
- モノの値段は需要と供給とのバランスで決まる、という経済の原則が当てはまらない現在の新築ならびに中古のマンション価格の高止まりは、どう考えても不自然。(売れないのに価格が下がらない、売れないのに価格を下げないことの不思議)
- 「働き方改革」は、非正規労働者を正規労働者に引き上げることにより所得が増える可能性より、正規労働者の所得が残業削減などによって相対的に減る可能性をより強めるのではないか。そうだとすれば、住宅ローンは今後「借り安く」はなるが(正規労働者が増え、ローン条件適合者が増えるため)反面「返し難く」なる(将来の収入の不確実性が強まるため)。つまりは現在の借入金利が相対的に安いからといって、長い将来に渡るローンの返済を安易に考えないこと。
以上となります。